想いがあるかどうか。
今年、教員採用試験に本気で取り組んでみて、
「受かりたい」
っていう想いがあるのかどうかが大切なんだということを知った。
それは、ちょっとくらいではなく、強く強く。
もちろんみんなそう思って取り組んではいるんだろうけれど、今までの自分がそうだったように、情熱とか鬼気迫ったというか、それくらいの気持ちを向けてやらないとダメなんだって。
さっき、手ごたえはなかってって書いたけど、
「もうこれ以上は、どうしようもないです」
っていうところまで、今年はやったと私は思ってる。
私は、養護学校で常勤の仕事しながらだったから、
朝は5時に起きて、仕事に行く準備をして、1時間から1時間半は家か、学校に早く行って教室で勉強をしていたし、
仕事も5時までには絶対に終わらせるって決めて、ちゃっちゃとするように心がけた。
5時以降は、毎日ピアノに向かって試験対策の練習をしてから、
今日は寝てしまいそうだなって思う日には、学校で8時くらいまでは勉強してから家に帰るか、5時のチャイムと共に職員室を出て、家に帰ってご飯食べて勉強したりしてた。
実技も不安だったから、ヤマハにピアノを週に一回習いに行ってた。
もちろん。。。
普通校に勤めている人に比べて、養護学校の常勤講師の私のほうが時間的な面ではとても恵まれた環境にはいたと思います・・・。
けれど、私に与えられた環境の中で、
24時間をフルに使って生活した4ヶ月だったと思う。
特に6月からは。
勉強生活のリズムをつかんできた頃に、授業を2つも一緒に組んでいた先生が病休になってしまって、私の仕事が倍になってしまい、急に忙しくなってしまった。
そのときに、
講師っていう立場の弱さ、教諭との待遇の差を嫌というほど感じた。
でも、そのおかげでがんばれた。
「絶対こんな学校出て行ってやる!!」
って。
不順な動機だったけど、パワーになったのは事実。。。
採用試験に合格した人に試験でわからないことを聞くと、全て答えが返ってきた。
みんな隠してたわけじゃなく、私がその疑問にたどり着くまで今までは努力してなかったから、疑問に思いもしてなかったんだってことを知った。
誠実に準備をしていれば、自然に気になったり、疑問に思ったりすることだと思う。
だから、私は受かるべくして受かったとは思えなくて、私がしてきた努力に、神様が奇跡をプレゼントしてくれたのだと思っている。
よくがんばったねって。
私にとっても、このがんばってきた過程が誇れるものであって、何が合格の決め手になったのかなんて、わからない。
本当にがんばるってことを久しぶりに思い出させてくれた試験に私は感謝しています。
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